イタリア映画祭『君が望むものはすべて』は今年上半期を代表する愛すべき大良作(そして『歓びのトスカーナ』がもっと凄かった!!!)

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‪イタリア映画祭2017で観た『君が望むものはすべて』が本当に素晴らしい映画だった。‬

 ‪もし鑑賞直後にツイートしてたら「おおおおぉぉぉぉ最高最高最高!!!!!」から始まる感想を殴り書いてたはず。これはめちゃくちゃ良い映画。

私は今日までのイタリア映画祭で8本を鑑賞したけど、本作はその中でもひとつ頭抜けて個人的ナンバー1だし、(ちなみに②かけがえのない数日 ③いつだってやめられる ④ピューマ ⑤花咲く恋 が今日までの私的ベスト5) おそらく5月鑑賞の新作ではまだ2日しか経ってないけど月間ベスト1になりそうだし、上半期ベスト10は堅そう。‬


‪そしてこの映画、肌感覚的な直感でしかないけど、わざわざ私が望むまでもなく、日本での劇場公開確定だと思う。そうい感覚って分かるじゃないですか?笑

圧倒的に強い良さがある作品。例えば2年前に『‬生きていてすみません!』‪やフランス映画祭だけど『‬ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲‪』を観た時以上にその感覚が強い作品だったから、きっといけると思う。というか、配給会社さんが放っておかない。ル・シネマかシネスイッチで流そうな予感。‬でもヒューマンとラスト有楽町くらいまで伸びてほしい。ポスタービジュアルやあらすじに派手さはないけど、中身は間違いないので。

‪今ではこんなに絶賛してる『君が望むものはすべて』だけど、実は私、今回のイタリア映画祭の中で本作はそこまで優先順位が高い方ではなかった、パンフレットビジュアルと紹介文の時点では。

「老人とニート若者が交流することで、お互いが希望を持てるようになる話ね。ふ~ん。」的な。だけど、そんな私ですら、こ!れ!は!強!い!いや〜完璧。いやいやむしろ最高では。もう文句なしの良いところしかない最高映画だわ。と、なってしまうほど魅力的な映画だったので、あらすじにときめけなくても、絶えず面白く味わい100分と澄んだ温かな幸福感(と「めっちゃイイ映画を観たぞ~~~~」という圧巻の満足感)に満たされる、一見の価値のある作品です。‬


‪ハートフルなヒューマン映画と楽しく笑えるコメディが終始完全に溶け合った、面白く観られる時間しか存在しないような理想的な一本。

全体を包むのは、物語や登場人物たちを優しく見守るような優しい眼差しのムード。‬

たくさん笑えるし、詩人として名を馳せてきたお爺さんの言葉には無限の深みを見出せる。
‪そして、何と言っても、物語に想像以上の奥行きがある。そこが、近年よく見かける、まるで接点のなさそうな老人と若者が時にぶつかりながら仲良くなるハートフルコメディ諸作に比べて決定的に魅力的であるところ。‬(個人的には『幸せなひとりぼっち』や『マイ ビューティフル ガーデン』とはちょっと比べものにならないくらい、本作は良く出来ていると思った。青春映画としても見事だし。)

‪そして、近年よく見かける老人と若者との交流を描いた作品と異なるもうひとつの大きな魅力は、本作のお爺さんがひねくれ者ではないところ。

だいたいそういう物語設定の映画に出てくるお爺さんのキャラといえば、頑固でひねくれ者で強がってるけど孤独、という定番になっていたけど、本作のお爺さんはザ・ジェントルマンで、しかもかつて大活躍した詩人でもあり、文学的でロマンチックな感性の持ち主。ちゃんと見守ってくれる人もいる。(若者の雇い主)

85歳になり、アルツハイマーを患い始めたので、目の前の人を過去の記憶の中の人と間違えしまうことはよくあるけど(そこがまた作中においてイヤミのない笑いをたくさん引き出してくれる)、紳士な振る舞いは忘れない素敵な人物像を描いている。‬
‪そしてさらに、設定が似てる諸作との大きな違いは、22歳の主人公が作品の中で確かな変化を遂げていく、その描写の素晴らしさ、リアリティ。この部分が「はい、はい、お約束ね」みたいな映画がけっこう多い中で、本作はそこが全然違うと感じた。

それまで罪悪感もなにもなく不良仲間とニートを続けてきた主人公が、必死で変わろうとする本気の姿に心を打たれた。‬きっと私が本作をここまで絶賛したくなった理由の大きいところが、その主人公の彼が本気で、誰からの指図でもアドバイスでもない自分の意思で、変わろうと必死になっているところにある。だから、むしろ彼は自分で「変わろう」なんて思っても、考えてもいないと思う。人が(他人の目から見て)本当に見違えるように変わっていく時は、当の本人は「変わろう」なんて抽象的なことは考えてないように思う。もっと具体的な、明確な目的に標準を合わせて、それを実現しようと自分の意志で必死になってるときだけ、人は真に変われるのだと思う。それは人から強制できない力、エネルギーで、そんな力のことを希望と呼ぶのだと思う。ある意味、恋愛にも似たもの。それがこの映画にもナチュラルに描かれている。

お互いにとってかけがえのない親友になったお爺さんとの繋がりにかける思いが、寄せる情熱が、自然と、だけど強力に彼を変えていく。後半、何度も目の前にする、その姿に、私はこの映画は本当に最高の本物だとはっきり思った。‬

トップの写真はその一例となる場面。それまで仲間とつるんで図書館などとは縁のない生活を送っていた彼が、お爺さんの淡くなりつつある記憶の中に眠る大事な思い出を今に呼び寄せるため、図書館で調査研究を始める。そしてそこで素敵な出会いもあって、青春ラブコメとしても本作は見事な鮮やかさを残す。

彼のお爺さんのことをもっと知りたいと思う気持ち、叶えられなかった願いを叶えてあげたいという気持ちは、そんな彼の自己調査という行動に結びつくのだけど、図書館での書籍研究だけじゃなくて、現代の物語なので当然インターネットも使う。そこに『LION ~25年目のただいま~』を彷彿とさせるシーンも出てきて、やっぱり遠い記憶の中にある場所を探すのだけど、『LION』より全然好きだな~この映画、なんて思いながら観ていた自分がいた。


‪詩人のお爺さんの‬劇中で主人公に聞かせるフレーズも魅力的な深みを持つものばかり。
『詩は詩であり、人生は人生。詩の中では、人は誰に対する愛でも語ることができるけど、人生の中ではすぐそばにいる誰かしか愛することができない。』というのが私的に特に刺さった。本当にそうだよな~と感じた。そう、ネットとかあるけど、やっぱり愛する、というほどの感情体験だったり行動をできるのは、そばにいる人でしかないよな、だから色んな人と直接出会うことをしなければ、やっぱり寂しい人生なんじゃないかと思った。そういう、面白いだけじゃなくて、押しつけではないところから、大切なことをちょっと考え直そうと思わせてくれるところも本当に良い映画の証。
他にも『詩というのは、行く宛てをなくした愛の置き場なんだ。君は人を愛してことはあるかい?』みたいな台詞から始まるやり取りがあって、そこも素敵だった。

『君が望むものはすべて』は物語に想像以上の奥行きがあるところ、と書いたけど、そういう風に思えたのは、今年のイタリア映画祭で観た他の作品のキー要素が、本作で見事一本の中に集約されていたように感じたからでもある。そういう意味でも、まさに今年のイタリア映画祭を代表する作品を呼んで間違いない気がする。

少し挙げてみる。

まず、『かけがえのない数日』。

これは卒業を目前に控えた女子大生4人組が、遠い異国(セルビア)の高級ホテルに就職するその中の1人の引っ越しに付き合うという口実で、数日間のドライブ旅行をするという、ロードムービーを中心に添えた映画。その旅行の中で、彼女たちは互いに対する正直な気持ちを打ち明けたり、自分の弱さに気付きながらも、傷つくことで、前に進む強さ、大人として生きていく決断を手に入れていく。

この要素は『君が望むものはすべて』の中にも見出すことができる。先ほどの、彼の孤軍奮闘の調査研究が功を奏し、後半はロードムービーとして物語のスケールと脈動感をグンと上げていく。奇しくも『かけがえのない数日』の彼女たちと同年代の、22歳男子4人組。だけどこっちの4人組は全員ニートでどうしょもない。ユーモアは素晴らしく何度も笑わせてくれる連中だけど。それでもやっぱり旅の中では仲間同士の正直な言い合いがあり、彼らも傷つく。そして、だから彼らも成長する。

 

次に、『花咲く恋』や『どうってこないさ』。

『花咲く恋』は窃盗の罪で少年院に入ってる18歳の男女の青春恋愛映画、『どうってことないさ』は定職はあるけど非正規の男女カップルが、クラウドファンディングで恋人とのセックスを中継するとヤケになった末の泥酔中に冗談半分でアップしてしまったら、尋常じゃない拡散により支援達成してしまい、貧乏から抜け出す為に実行に移す、というブラックコメディ。

今回の映画祭の舞台挨拶で何人もの監督から言及があったように、現在イタリアでは若者の失業率がとても高く、上記のようにそれを反映した作品が当然多くなってる。

『君が望むものはすべて』もまさにそうで、ニートの周りにはニートが集まる、というのだけではなく、22歳にもなって学生でもなく定職にもつかずぶらぶらしている若者が主人公だ。ぶちぎれた父親から父の仕事を手伝うか、もう一つの選択肢として提示されたのが、最近アルツハイマーになって周囲の不安が増えた老人の、毎日の散歩に付き添うという仕事だ。正直、あんな素敵な老人の付添ならめっちゃ羨ましい…

 

次に、『ピューマ』。

恐らく今回の映画祭で一番笑える映画が、この高校生カップルの妊娠をめぐる、互いの家族の大騒動コメディだと思う。

舞台挨拶で、イタリアにおける家族の繋がりを聞かれた監督がこんな風に言っていた。

「アメリカやイギリスは個人主義が強くて、一度子どもが一人暮らしを始めたら親元に帰るのは年に1回とかが多いようだけど、イタリアはそれに比べるとまだまだ家族の繋がりが強い国だ。家族が社会保険の替わりとなっているところがあるほどだ。イタリアの若者の失業率は高いけど、それでも飢え死にしないのは、それだけ家族の繋がりが濃い国だからだ。親戚家族も同居する大家族の世帯も多くて、そういった意味でイタリアでは家族というものが社会保障制度の替わりを担っている。」

このことは上記の問題と直結してくるけど、実際に『どうってこないさ』でも『君が望むものはすべて』でも、主人公たちが仕事を得るとき、それはすべて父親の店か家族の紹介だ。(きっちりした家に育って、最初から高校の非常勤講師をやっていた『どうってこないさ』の彼女は除く)

 

次に、『愛のために戦地へ』。

『愛のために戦地へ』の舞台設定は1943年であり、第二次大戦中のアメリカによるイタリア侵略が物語のベースとなっている。『君が望むものはすべて』で85歳のお爺さんは、1945年のとき18歳で、思春期を戦時下のトスカーナ地方で過ごした。そして当時、トスカーナに上陸したのは勿論アメリカ軍であり、お爺さんがアルツハイマーになったことで現在に浮かび上がらせる記憶の中に登場するのは、戦時下と共にした友人、家族、初恋の相手のことだった。このことが、主人公の見違えるような調査研究ぶりに繋がってる。ほら、思ったより、ずっとスケールが大きく、物語に奥行きのある映画なのです、『君が望むものはすべて』。それでいて絶えずハートフルという。

 

そして主人公の恋愛模様もいいアクセントになっている映画。何より、エンディングの洒落っけと味わい深さは本当に本当に素敵だ。

『君が望むものはすべて』は覚えておいて損のない映画のはずです。

 

 【追記】

『君が望むものはすべて』を観た5月2日の時点では、確かに今年のイタリア映画祭、ベストは『君が望むものはすべて』だろう、と思ってたんですが、翌3日に上映されたパオロ・ヴィルズィ監督の最新作『歓びのトスカーナ』がさらに素晴らしすぎました!というか、これはもう完全に桁違い、次元違いの良さだった。本当に圧巻。劇場公開は7月からです。