U2 『Songs of Innocence』 私的レビュー

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U2の13枚目のオリジナルアルバムとなる新作『Songs of Innocence』の先行発表から3週間が経ち、来月リリースされる本パッケージのアートワークも発表された。この3週間、『Songs of Innocence』という新たに提示された基点から獲得される視界に浮かぶバンドを見つめることで、U2とはどんな存在で何が魅力的だったのかが私の中で今まで以上に明確な輪郭を伴って像を結ぶことになった。今回の場合については、それは反面として「魅力とは、失ってからこそはっきりわかるもの」という強い説得力を持つ見解を私の中へ芽生えさせることにもなったけど…。でも、そえさえ嬉しく思う。そうやってこのバンドはいつでも私に沢山のその先の長い人生に持って帰れる見解を与えてくれた。そういうことを今日まで、他の誰よりも、一番私にもたらしてくれた、たったひとつだけの存在。そんな4人にささやかな愛を込めて。

 

 

U2の魅了とは何であろうか。ロック音楽界の、そしてバンド自らのキャリアのピークに到達してから27年も経とうとする今でもなお、ツアーに出る度に音楽興行の歴史を繰り返し更新していくほどの莫大な支持を絶えず得てきた理由。その端緒はバンドの最初期から既に十分に伺い知れるものとして表面化されていたと私は考える。特に1980年に発表された1stアルバム『Boy』はそれを極めて明確に示している作品だ。

 

1976年に結成されたU2は、パンク・ムーブメントを端に発したニュー・ウェーブのシーンから出立したバンドだ。彼らが少年時代に体験した出来事を回想した今回の新作『Songs of Innocence』内において、彼らが当時絶大な影響を受けた存在としてトリビュートを捧げているのがクラッシュやラモーンズであることもそれを象徴的に示している。初期のU2が創り出す音楽に関しても、とりわけ1stアルバムの『Boy』や4thアルバムの『The Unforgettable Fire』に顕著であるように、ニュー・ウェーブ王道のギター・ロックをその表現のベーシックとしている。

そんなU2がルーツとするクラッシュやラモーンズが引率したパンク~ニュー・ウェーブのシーンに、ある共通するムード・核にあるテーゼを読み取るとすれば、「自分たちで何とかする」という志向であり、スピリットではないだろうか。それはここで今更私がここで言うまでもなく、単に精神論に留まるものではなく、サウンド・メイクやパフォーマンスとして、作品発表やライブのスタイルといったバンドの運営において、明確な政治的・社会的姿勢を示した扇情的で知的な歌詞として、それまでの音楽史にまったく捕われないジャンルを超えた音楽的冒険として、その他幾つもの観点に向けて「自分たちで何とかする」「自分たちのやりたいことは自分たちでできる」「勝手に仕切ろうとする汚い奴らに任せておけない」といった意志が表明されたロック音楽が世にリリースされる際の根本的なプロセスを覆した革命だ。

 

そんなパンク~ニュー・ウェーブのバンドたちが醒めた感性を抱える少年・少女たちに熱く支持され、アートや80年代以降のコンテンポラリーなポップミュージックにも絶えず影響を与え続けていることも周知の事実だ。しかし同時に、その文化的・社会的な影響力の一方で、例えばセールス面で1,000万枚を超えるような作品を輩出するようなことは希で、それはこのシーンの支持層が社会においてどれほどの厚みを持つものなのか、あるいは特定の地域や階級、時代の生活を反映したパフォーマンスが多い上、世界的なブレイクには聴き手側にある程度のリテラシーが要請されることも示しているのかもしれない。

 

そうしたパンク~ニュー・ウェーブ・シーン出身のバンドでありながら、後に3つのディケイドに渡り1,000万枚セールスアルバムを送り出すことになる(『The Joshua Tree』(1987)、『Achtung Baby』(1991)、『All That You Can't Leave Behind』(2000))U2が、ニュー・ウェーブ王道の1stアルバムの時点で既に表明していた他のバンドとの違いとは何か。それは後のボノの政治活動に象徴的なように「自分たちで何とかする」をミュージシャンという枠をも突破するスケールで他の誰よりも極限まで突き詰めていたから、ではまったくもってない。むしろミュージシャンが各国首相と握手までして(しかもよりによってパンク~ニュー・ウェーブ出身のロッカーが)思春期の少年少女や繊細な心を抱えた迷える大人たちから支持を得られるなんて普通に考えてまずない。(でもそれも全部分かった上で普通をなんとか覆しながらやり抜いてしまうのがボノという人。)

じゃあ、U2が特別だったところは何よ?ってなるけど、それは彼らが音楽に・バンドに託したものが、「自分たちで何とかする」という打ち倒すべき現実へのファイティングポーズではなく、「自分ではどうにもならない」到底自らの力では太刀打ちも対峙もできそうにない喪失感や問いに対する悲嘆の叫びと祈りである。彼らの最大のヒット曲であり最も著名な代表曲が、“I can't live with or without you”と絞り出すように吐き出される「With or Without You」であることは、そのことを克明に物語っている。

彼らの1stアルバム『Boy』は、亡き母の面影を求めようと生と死の境界すら超えんとする1曲目の「I Will Follow」を筆頭に、少年と大人の狭間で混乱に沈み込む心境を黄昏の暗闇に重ねた「Twilight」、子猫のような女の子の魅惑を前にした戸惑い表した「An Cat Dubh」、自殺をテーマにした「A Day Without Me」、精神疾患における電気ショック療法を扱った「The Electric Co.」など、自分では成す術もない戸惑いや苦悩をテーマにした曲で埋め尽くされている。見方によっては、いかにも思春期的テーマといえるけど、それをポップソングにありがちな掴み易い輪郭を当てはめたような表現ではなく、内省的で観念的な言葉とディレイを駆使した広がりのあるイメージを描き出していくギターフレーズを繋ぎ合わせることで、繊細な文学性とテーマに対する奥深い自問をシンプルなサウンド構成ながら確立している。そしてこれが一番惹かれるところだけど、終わりのない疑問や悲嘆をテーマに扱っていても、その姿勢は覚悟を抱いて問い掛けに向かうエネルギーが乱反射して光が八方に散るように輝いている。U2のパフォーマンスの特徴とも言える、このエネルギーの空回りによる飛び散る閃光のような煌きは、どんなシリアスで悲惨なテーマを扱おうと彼らの音楽を確かな熱で包み込み、苦悩や悲しみよりも、そこへ向けられた彼らの熱い情熱の方へリスナーの意識を導く。ある程度の熱心なU2ファンになると一見真逆のイメージにも見える80年代のU2も90年代のU2も、やっぱり彼ららしさという点では根底はそれほど変わらないと感じるのは、きっとそこに要因がある。1stアルバムにおいては「Into the Heart」から「Out of Control」へと続くメドレーが、彼らのそういった性質を遺憾なく伝えている。

 

少し話は逸れたが1980年にはまるで“この世界は自分たちの力では成す術もないことばかりだ”という当時の彼らの世界に対する見方を集めたようにも取れる第1作目をリリースしたU2も、周知のように80年代の終わりには全米チャートで9週連続で1位に居座る2000万枚セールスの5作目『The Joshua Tree』でグラミーの最優秀アルバムも受賞し、名実ともロック界を代表するスタジアムバンドへと成長する。そのメガバンド化は90年代に入るとさらに加速し、文字通りのロックスターを過剰に演じるという偽悪的なアイロニック路線への勇断は、このバンドをけばけばしいダンスポップで身を纏ったセレブグループのイメージに染め上げた。アイデアはもとより費用の面でもスターになった自らをひっくり返しかねないほど莫大なコストを投入したライブ・パフォーマンスにおいても、もはや他の追随を全く許さない空前絶後のツアーを連発した90年代には、かつてバンド創設期に憧れの存在だった元クラッシュのミック・ジョーンズのバンドをもオープニングアクトとして起用するまでになっていた。

 

バンドが留まることを知らず巨大化していく一方で、フロントマンのボノによるアフリカ貧困・エイズ救済に向けた社会活動の範囲もミュージシャンの枠を超えて、世界の政経界へとリーチしていった。各国首相と対談し、主要国首脳会議で要請を声明し、ノーベル平和賞に度々ノミネートされた。2002年にボノがTIME誌の表紙を飾った時のキャッチは「Can Bono Save The World?」だった。そう、つまりU2の物語とは、世界に対して「自分ではどうにもならない」と戸惑うばかりだった繊細な少年が、世界を旅し成長を遂げることで本来パンク~ニュー・ウェーブ・シーン出身のバンドが持っているべきだった「自分たちで何とかする」知恵と行動力を奪回する成長のストーリーだった、って、仮にそんなバンドがいたとして当時17歳だった私がファンになってるわけがないだろう。そんな絵に書いたスポ根みたいなリア充バンドに今こんな長い文章を書いてまで時間を裂きたいはずがない。私はそんなのが観たくて海外まで行くわけじゃないのだ。

 

ここからは、この10年ほどの間に私自身が体験した出来事も参考材料にしながら書いていくが、U2がこれほど長きに渡って他に類を見ない圧倒的な支持を獲得してきた理由は、彼らが現在に至るまで常に「自分ではどうにもできない」途方に暮れた状況をテーマに、いや正確にはそれをモチベーションとして音楽を生み出してきたからだ。彼らは自分ではどうにもできない途方に暮れる悲しみをぶち撒ける存在としてロックンロールと出会い、ボノのボーカルがニュー・ウェーブ出身のバンドとしてはやけに心の底から暑苦しく歌い上げる芸風なのも、あまりにどうしょもない苦しい自問、胸が張り裂けそうな悲しみを前に、そうしないと24時間365日四六時中正気を失ってしまいそうだからだ。なのでせめてこの瞬間だけは思いっきり打ちひしがせてくれ、助けを乞わせてくれ、悲しみ・苦しみへ向かって全力で叫ばせてくれ。U2というバンドの音楽観・パフォーマンス観の中核は基本的にこれである。そんな彼らと高校生で出会った私はこれで完璧にオチた。今でもU2のそういうところ大好き。

それは、ニュー・ウェーブ色全開だった初期でも、アメリカのフォークやソウルといったアーシーなサウンドと邂逅した絶頂期も、都会的なダンスビートと官能的な苦悩に溺れた90年代も、クリアなバンドサウンドでギターロックとソウルミュージックを抱き合わせた正攻法2000年代でも、まったく変わらない。(その核心は前作『No Line on the Horizon』収録の「I'll Go Crazy If I Don't Go Crazy Tonight」として遂にバンド自らによって言語化され、曲名を飾った。)だからして、彼らがどんなにビッグでセレブで偉大になり、手が届きようもない存在になっても、“この世界は自分たちの力では成す術もないことばかりだ”と途方に暮れ、打ちひしがれる少年少女の心を奪う彼らのポテンシャルは21世紀に迎えてもなお有効だったのだ。

(例えば2004年に公開されたアメリカの青春ラブコメ映画『ガール・ネクスト・ドア』に出てくる平凡を極めたような内気な主人公の男子高校生の部屋に貼ってあるのがU2のElevation Tourと歴代アルバムのジャケットを並べた2種類のポスターだったりする。あれを見たときはさすがに俺はお前か!?となった笑 内気な少年にはあの時期のU2って最高なのです。)

 

とはいえ、U2の音楽には確かにパンク~ニュー・ウェーブ出身のバンドらしい「自分たちで何とかする」という要素も存在し、80年代には「New Year's Day」、「Pride (In the Name of Love)」、「Where The Streets Have No Name」といったナンバーがその代表作となっている。これらの楽曲は現在でもU2のライブにおいて欠かすことのできないアンセムとなっており、言うまでもなくブレイクへの大切な足がかりとなった曲たちだ。しかし、U2が世界を目指して邁進した20代を駆け抜けた80年代にこうした楽曲を多く生み出せた理由とは、当時アイルランドという小島から遥かな世界を目指そうとした彼らが置かれた状況が自分たちでは乗り越えることが困難な大きな壁や苦悩の連続であり、四苦八苦の毎日を闘っていた、その逆境から生まれたエネルギーによるものだ。

それを証明するように、世界を制覇したU2が次に迎えた90年代において、自由で豊かになったはずの彼らの楽曲はむしろ混迷を訴え、それまで自らが築いてきたものを根本から疑い、魂の救済を乞うフレーズで埋め尽くされていく。(それでも先に書いたように、U2の場合はそのほとんどが単純に暗くなったり絶望的になったりしないところが特徴。むしろこのバンドにとって疑うとか問い掛けるっていうのは新しい可能性を探るためのプロセスとしてあることがほとんどで、様々な角度から色々なエネルギーがぶつかり合ってそれがキラキラとした高揚感を楽曲にもたらすことも多い。)

U2なんてあれだけ成功してるんだから表面上は上手く繕ってるからもしれないけれど、きっと内心は“名誉も財産もこれでもかと築き上げて、まるで「自分たちにどうにもならないこと」なんて何もない”みたいな感じで、どうせそれがスケスケのパフォーマンスをやっている、と聴いたことのない人は当然思うと思うけど、それがそうじゃないので、私は未だにこのバンドから心を逸らせない。ツアーに出れば未だにボノは数万人の前で打ちひしがれた表情を毎夜見せる。あれだけすべてを手に入れた男が途方に暮れている、そんな瞬間がU2のライブには現れる。『Achtung Baby』(1991)の「Ultra Violet (Light My Way)」、『All That You Can't Leave Behind』(2000)の「When I Look At The World」、『How to Dismantle an Atomic Bomb』(2004)の「One Step Closer」、「Yahweh」といった曲たちはそういう表情を見せるU2の真骨頂とも呼べるナンバーで、私自身ただのファンからオタ風になったのはこの4曲の存在が大きい。

疑いや、魂の救済、神なるものへの問い掛けといっても特権階級のスーパースター特有のそれとは決してなっていないところがU2の表現力の非常に素晴らしいところだと思う。どのフレーズも洗練され研ぎ澄まされており、誰にも普遍的な観念を具体的なイメージに変えて聴き手の感情を引き出していく。「Ultra Violet (Light My Way)」なんて本当に最高のラブソングだ。「With or Without You」を超える生々しい深みと感情で溢れている。それでいて煌びやかでポップで官能的とか、やっぱり最高傑作楽曲はこれだな。

 

2009年に発表された前作『No Line on the Horizon』は、そうしたU2の未だに「自分たちにも成す術が見つからない」ような世界、つまり、旅立ちから30年以上を経た史上最大のツアーバンドになることで誰より拡大したはずの自分たちの世界の、さらにその外側にある未知の世界、打ちひしがれるほど果てしないでも確かに存在する現実の世界への探究と問い掛けと感情の再発見を、なりふり構わない大胆なスケールで描きながら追求した賞賛できる1枚だった。

ファンの間では1984年発表の4thアルバム『The Unforgettable Fire』を彷彿とさせるといった感想も見受けられたが、元々『The Unforgettable Fire』は20代半ばを迎えヨーロッパで一定の成果を築き上げた彼らが、大西洋の向こうへ広がるさらなる世界を前にして自らのテンションをまさに上記のように仕立てあげようとした結果生まれた作品であり、そのアルバムと同じプロデューサーであるブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワとさらに濃厚なタッグを取り組んで生まれたアルバムだからして、そこに『The Unforgettable Fire』の面影を見出すことは実に自然なことだ。(『Rattle and Hum』期以来のボノの大熱唱が聴ける「Moment of Surrender」はまさしく21世紀の「Bad」だ。)しかし、それを彼らは20年後の40代後半になって、前作『How to Dismantle an Atomic Bomb』での出来すぎなほどの成功にもまったく躊躇せず、力強く壮大な冒険を描ききった。オープニングナンバーのタイトルチューンを初めて聴いた時は本当に感激した。ボノのかつてないほどの絶唱とどこまでも伸びやかなメロディー、引き締まったバンドサウンド。バンドがアルバムで成し遂げようとしていることがたった1曲でこれでもかと伝わってきた。

結果的に『No Line on the Horizon』は、今までバンドが自らに嵌めていた輪郭を取り外すことで手にした従来のU2らしいギターロックに収まらない音像やリズム、グルーヴを招くことになり、それはヒットシングルに標準を合わせて磨き上げられた明確な輪郭を持つ『All That You Can't Leave Behind』や『How to Dismantle an Atomic Bomb』の楽曲とはコマーシャルの意味で性質の異なるものとなった。それによりセールスの面では少なからず下降したが、ファンには確かな聴き応えとバンドのさらなる可能性を十分にアピールすることになり“さすがのU2”を印象付た。個人的には味わい深さという点ではU2の歴代アルバムの中でもトップクラスだと思っている。正直、最新作の『Songs of Innocence』を聴いてからというもの、ことさら『No Line on the Horizon』の充実ぶりを再認識するようになっていて…(苦笑) というわけで、やっと『Songs of Innocence』の話。

 

個人的に『Songs of Innocence』は、U2の新作としても、2014年にリリースされたロックバンドの新作としても残念ながら高い評価はできない作品であると感じている。決して良くない作品ではないが、正直に言うと、5年ぶりの何度も待たされたU2の新作としては、初めて聴いた時から今に至るまでなかなか落胆している自分もいる。例えば、仮にU2の歴代13枚のアルバムを好きな順、私的に賞賛できる順番に並べていった場合、『Songs of Innocence』は残念ながら最後に近いあたりになりそうだ。

その理由は主に2つあって、まず最初の理由として、本作は彼らがアイルランドはダブリンで過ごした70年代の思春期・青春時代に体験した出来事の回想をベースに、私小説を辿るように展開していくアルバム(収録曲「Iris」はボノが14歳で亡くした母親の名前、「Cedarwood Road」はボノが当時住んでいた自宅があった通りの名前、「The Miracle (Of Joey Ramone)」についてはボノが折に触れ度々「もしラモーンズが存在しなかったらU2も存在しなかっただろう」と語るほど思春期の彼らが影響を受けたバンドに寄せた曲)であるが、そのテーマ選定には「後に続くバンドとしての成功により裏付けされた、既に完結を迎えているストーリーの劇場化」というスケールのパフォーマンスに留まってしまうリスクがあり、今回のアルバムについては確かに過去の回想以外にもアイルランド問題や現在の大人になった視点からの示唆を取り込んでいるものの、やはり完結された物語をパフォーマンスしている感は否めない。

どうしてそう感じるかというと、序盤から幾度も書いてきた最初期から2000年代までのU2の音楽性・パフォーマンス性を大きく決定づけてきた「自分の力ではどうにもできない、途方に暮れた状況」における救いを乞うような決死のプレイ、歌唱が、私にはどうしてもこのアルバムからは感じられなかったからだ。むしろ「自分たちで何とかできる」という余裕綽々な姿勢ばかりが本作のパフォーマンスからは窺えてしまって。こうなるんだったら、前作『No Line on the Horizon』のように途方もない打ちひしがれるテーマを選んで、限界を押し広げようとする姿を見せて欲しかった。

ここに至るまでのU2は常に毎回新たな限界を突破しないと扱えないようなテーマを掲げてきていた。一見チャラく映る『Zooropa』や『Pop』も実は相当シリアスなアルバムだし、(90年代はデジタル・ポップ導入と官能を強く打ち出したこと、そしてロック・スター化によって外野からだとそんなことがないように見えるかもしれないけど、足を止めて観てみれば、他のどの年代よりも切実に魂の救済を求めていて、非常に深い闇と向き合った、切羽詰まったパフォーマンスを繰り広げた時代。)、これまた外野からだと余裕の原点回帰を演じたように映る『How To Dismantle An Atomic Bomb』も、14歳から唯一の肉親だった父親の死を迎えたボノがその心の混乱を見つめ、自分自身が喪失した若かりし頃の無垢さを受け止めようとする作品で、シンプルな王道U2と言われる割には大変に味わい深いアルバムだ。そして『Songs of Innocence』がイマイチな理由のひとつには、既に酷似したテーマで『How To Dismantle An Atomic Bomb』という瑞々しさと成熟を絶妙なバランスで編み上げた傑作を送り出してしまっている点が大きく存在する。音楽性もここと大分被ってしまっているので、新しいことにトライしているという感覚まで辿り着くにくいのだ。

このようなこれまでのU2のアルバム歴を踏まえ、『Songs of Innocence』を見たときに、どうしてもバンド史上もっとも保守的で冒険も切迫感も控えめなアルバムと捉えてしまう自分がいる。だがその一方で楽曲が良くないものばかりかといったらそんなことはなく、「Song for Someone」を筆頭に、「Every Breaking Wave」から「Iris (Hold Me Close)」の流れは絶えずU2に魅せらせてきた身として新鮮さは薄くも安心してしまう感は否めず、ある部分ではU2U2のままなのである。だから、私の解釈としては、本作『Songs of Innocence』をもって、U2はある時期以降のThe Rolling Stones化していくのかもしれないという可能性はあるなと感じている。そして、それは、それならそれで悪くないと素直に思えている自分がいる。少し寂しさはあるけれど、それ以上に今まで本当にありがとうございました、という気持ちの方が大きい。U2の果敢な旅は色々なことを考えたり、経験したりするきっかけを沢山くれたので。とはいえ、既に発表が予告されている次作『Songs of Experience』を聴くまでは、そこまでの判断はできないけれど。あくまで本作を聴いた時点での予想。

 

そして『Songs of Innocence』が個人的に残念だったもう一つの理由は、もう具体的な音楽性の面になるのだけど、先に少し書いた通り、非常にポスト『How To Dismantle An Atomic Bomb』なサウンド、曲のまとまり具合。別に私が『How To Dismantle An Atomic Bomb』のU2が嫌いなわけじゃなくて、むしろとても好きなアルバムだけど、なんで『No Line on the Horizon』でいかにもギターロックバンドっぽいスタイルから見事に脱皮できたのに、バンドらしいアレンジに戻ってきてしまったのって残念に思った。だからもし『How To Dismantle An Atomic Bomb』の次にリリースされたアルバムが『Songs of Innocence』だったなら、ここまではがっかりしてなかったはずだし、少しは納得もしたと思う。テーマも近いし。でも『No Line on the Horizon』でロックのビートに頼らないソウル・ミュージックとの邂逅にトライしたり(「Moment of Surrender」、「Unknown Caller」、あれらはバラードではなくソウル。)、ヒップホップのビートを見事に4人のバンドサウンド内で昇華したりと(「Stand Up Comedy」の素晴らしさ。)、あれだけワクワクさせる可能性を見せてくれたのに、新作でそういう新境地を巡った成果をあまり発揮しないタイプの楽曲ばかり揃っていたのは正直物足りなかった。

今回、デンジャー・マウスのプロデュースによってU2のバンドサウンドはオルタナティブなヴィンテージ・モダンの風情を帯びたけれど、どちらかというとミニマムでコンパクトにデザインすることに美学がありそうなデンジャー・マウスの作風は、U2というバンドのパフォーマンス上の性格にはあまり合っていないと感じたのが私の正直なところだ。といっても彼もやりづらかったんだろうなーというのがすごく伝わってくるアルバムでもあるのだけど。私が好きな「Every Breaking Wave」~「Iris (Hold Me Close)」の流れを聴くと特に(笑)って思ってクレジットを覗いたら、このあたりはアルバムの中でも非常にデンジャー・マウス・プロデュースの比重が少ないパートだった。やっぱり。

私の一番お気に入りの「Song for Someone」はデンジャー・マウスはプロデュースしてなくて、替わりにフラッドの名前があって、それは確かにらしくなるよな、と。でもスムースなスウィート・ソウルとギターロックバンドとしてのU2の融合がさらに洗練された姿は単に安心感だけじゃなくて、繰り返し聴きたくなるような味わい深さがあると感じる。その一方で、私的に「Iris (Hold Me Close)」はアルバムの流れで聴く分にはいいけれど、あまりにU2らしさというクリシェの集合体のように感じてしまって単独ではあまりに好きになれずにいる。まぁ、どうせライブで観たらすごく高まって、好きな曲に変わってるんだろうけど(笑)ということで、このアルバムをリリースしたU2がどんなライブ・パフォーマンスを展開するのかが、今はとても楽しみ。

 

長くなりましたが、最後にわりと熱心なファン視点から今回の先行リリース方法についての印象と感想を。(ホントにくだらない内容かもしれないのでご了承ください。大ファンの自分の立場から正直に書きました。とはいえ最後の最後はなかなかイイ感じのところに落ち着いたかもしれません 笑)

 

率直にいきますが、ネット等では予想以上にどちらかといえばネガティブな評価が多かった今回のリリース方法、でも、U2オタに関しては皆素直に喜んでいて、ほとんどポジティブなイメージしかないと私は見ています。逆に言えば、様々な観点から各々マイナス要素を見つけてきて、それを指摘している方というのは、U2を好きかもしれないけれど、そこまで現在のU2に対して熱心なファンではないはず。なぜなら、今回の先行リリースに関しては、手段や値段の件がとっっっっても些細なことに思えるほど、U2の熱心なファンなら思いっきり肯定せざる得ないような絶対的“タイミング”だったから。

私個人に関して言いますと、もう超最高!!!の一言に尽きました。はっきりいって、作品の出来が多少微妙でも、そういうのを全部ぶっ飛ばすくらいファン心理的には最高の発表方法だったと思います。それくらい彼らはファンを待たせに待たせ、何度も口約束(これがいろんなメディアで記事に上がるので、軽い口約束がどんどん宣言化されてしまう。そこは全然反省しない4人。)を破り、今回の9月9日のアップルの発表会でアルバムのリリースに関する具体的なアクションを起こせないのなら、もう本当に愛想を尽かすというレベルまでいっていたファンも沢山いるはず。正直にいうなら、私もそうだった。

 

なんでこんな馬鹿っぽいことをあけすけに書くのかというと、そういう見方をしなければ見えない馬鹿にできない観点がそこにはあると思うからです。まず、「手段や値段の件がとっっっっても些細なことに思えるほど」という表現が非常に非常識で馬鹿っぽく感じたと思いますが、これがなんで馬鹿にならないかというと、手段や値段の件が些細にしかならないのは、結局熱心なU2ファンはボーナストラックが数曲追加され、新しいブックレットも付くフィジカルのアルバムもちゃんと買うからです。なので、このアルバムは実はタダでは決してありません。熱心なU2ファンからしたら、よくあるアルバム全曲先行試聴のめちゃくちゃ嬉しい版にすぎず、バンドが抱えるそういうファンの数からして、バンドなりにもそこそこのセールスをこのアルバムは達成するでしょう。そしてU2なりのそこそこのセールスって、音楽市場全体で見たらまだまだかなり上位ではないかと。(今回のように後からフィジカル等で有償版が販売されることが決まっている場合には)フリーのインパクトはファン以外の人にだけ作用するものっていう視点が見過ごされてる気がする。よって、大物だから大胆なんじゃなくて、大物だから余裕を持ってできるリリースの仕方だったのです。

さらに「思いっきり肯定せざる得ない」や 「もう超最高!!!」といった表現が非常に馬鹿っぽかったと思われますが、これは理性を超えた感情の部分の動きで、つまり、出来た出来た、出す出すと言ってもいつまでも発表されない新作によって熱心なオタであればあるほどバンドにブチ切れていたここ数年に不信感に対して、両者の絆のエックスデイにまさかの当日発表の当日配達⇒オタ全員歓喜!!という、結局あれだけマネーとビジネスと情報とネットワークを動かした・動かさんとする企画を通して、それでもバンドが一番クレイジーに動かしたのは結局人の感情、固定ファンの感情であったという、はち切れんばかりの事実。U2がなんでここまでこんなに巨大な存在として今日までこられたかというと、人間の感情をバカみたいにドでかく動かすことで目の前の人をファンにして、そしてそんなファンの数が世界で他に類を見ないほど巨大な数になったから。U2は今回、そんな巨大な数のファンの心を、バカみたいにドでかく動かして、「キレたい」「愛想尽かしそう」から「思いっきり肯定せざる得ない」「もう超最高!!!」へと一瞬にして一変させてみせた。いや、オタから言わせてもらえば、これこそがロックンロールであり、U2だよ。何より心を動かしてる。

つまり今回のリリース方法について私的見解をまとめさせていただくなら、外面は、『U2を普段買わない人にも新作を無料で届けて沢山の人に聴いてもらえて、音楽作品発表の歴史の流れを変えた』。だけどそれは実は最初から建前にすぎず、だからこそ現実に起こったのは周知のとおり「U2を普段買わない人にも新作を無料で届け」たら「沢山の人に聴いてもら」うどころか、そういう人からはバッシングと冷ややかな反応の嵐。さらにフリー配信のアルバムはBandcampやsoundcloudを筆頭に既に数年前から溢れかえっており、でも超大物は初めてだ・珍しいって言うけど、それは先に述べたとおり超大物の場合は超大物らしく熱心なオタが世界中に沢山いて、結局今回も後にリリースする有償のフィジカル商品が、他のアーティストの大抵の有償オンリーの作品に比べたらよっぽど売れるので、実質的には音楽作品発表の歴史の流れはそう簡単には変わらない。そして当然のことながら、そうなることなんてU2は最初からお見通しで百も承知だった。じゃあ彼らが今回の先行リリース方法でホントに意図した姿は何だったかというと、それは「U2を普段買わない人」を喜ばせるためでも、「音楽作品発表の歴史の流れを変え」るためでもなく、ただただ(最近バンドに不信感を抱きがちだった)熱心なU2ファンを心の底から歓喜させ、またバンドのことを大好きになってもらうこと。今回の一件の実像は、大袈裟で暑苦しい『もとから熱心なU2ファンに向けた、新作とバンドの一大プロモーション、もといラブモーション』に過ぎなかった、というわけだ。これは「無料販売」ではなくて、「後の有料販売のための大袈裟なコマーシャル」なのです。

ただし、U2とアップルが仕掛けた一件自体はそうなのだが、それを外から見て様々な観点から無数の指摘・レビューをしてくるU2ファン以外の方々が沢山いて、その無数の指摘・レビューこそが「音楽作品発表の歴史の流れを変え」ていく可能性は非常に高いと思う。つまり、U2とアップルは音楽作品発表の歴史の流れを変えたのではなく、あなた方にそのきっかけを与えたに過ぎない。そして、それこそが音楽というものが人々に与えうる効力の限界でもないだろうか。そういった意味でも、社会への啓蒙を音楽パフォーマンスでどこまでできるかに挑んできたU2という稀なバンドにとって実に彼ら王道の試みであると思います。そして普段長い文書を滅多に書くことのない私に(質はどうであれ)ここまで長い記事を書かせるほどに、U2というバンドに対して情熱を目覚めさせた(しかも新作に対しては批判的なのにもかかわらず!)ことからも、彼らの今回のリリース方法は大正解だったというしかないでしょう。この長いブログが、私なりの彼らのモーションに対する無意識のうちの愛の返信です。もっとメロメロにさせて、また海外に行ってまでライブを観たいを思わせてくれ!!次回作『Songs of Experience』に「Mercy」を収録してくれることを心より希望します。私的にU2史上ベスト10に入るくらい好きだ!そして以下の動画はそのライブ演奏のベスト・オブ・ベストテイク。

 

 



 

 ※こちらは『Songs of Innocence』 のリリース日に書いたアルバムの感想です。