2010年代のインディ・ロックについての私見

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 Fleet FoxesとDirty Projectorsのフロントマン同士による、近年のインディ・ロックに対する問題提起討論がきっかけとなって、2010年代のインディ・ロックに対する見解論が話題になっているので、私も自分が思っていることを書いてみようと思います。

 

ちなみにFleet FoxesとDirty Projectorsは、どちらも2010年代になって私が凄く好きになったバンドです。

今から4年前(!!)、2013年2月にHostess Club Weekenderで観たDirty Projectorsのステージについては、それまで体験したすべてのコンサートの中で1番の良さだったと書き残していて、

 Fleet Foxesの現時点での最新アルバム(2011年!!)にして2ndアルバム『Helplessness Blues』に対しては、2013年の時点で直近10年間で一番歌詞が好きなアルバムだとツイートしてました。

そしてそれは恐らく今でも変わっていないんじゃ…という可能性のがけっこう濃厚なので、ここ約15年で一番歌詞が好きなアルバム…なのかも。

詩のクオリティに対する驚きならKendrick Lamarの『To Pimp A Butterfly』がナンバー1なのですが、好きさでいったら、やっぱり『Helplessness Blues』だろうな。

 ということで、両アーティストとも今年、Dirty Projectorsについてはもう来週に新作リリースなので、とても楽しみなのですが、まーどちらのバンドも久しぶりの新作で。

Dirty Projectorsは5年ぶり、Fleet Foxesは6年ぶり。そりゃー自分の中でそれだけ温めてたものを世の中にはまだ出せない状態で、緊張してるんだろうなーと勝手に想像する。

なので、そんな状況にある2人が「久しぶりに出す俺たちの渾心の新作を受け止められるだけの、受け止めるに相応しいリテラシーが、そもそも今の音楽シーンに・世の中にはあるのか?」と疑心になってしまう気持ちも理解できるところかと思います。

完成してるのに、出来上がりつつあるのに、まだ世の中には出せない時間が、きっと一番ムズムズするはずなので。

だから、インディ音楽愛好家に捉えられてるほど深刻な意味は、あの討論の中にはないように思う。

そもそもインディ・ロックとは所謂「音楽ジャンル」と一般的に分類されるもの(ロック、パンク、ソウル、ヒップ・ホップ 等)とは、だいぶカテゴライズそのものの性質自体が違うので、「死ぬ」ことのない概念なのでは、と思います。

 

個人的に2010年代のこれまでで“インディ・ロック”という概念やフィーリングを強く実感した機会というのは、明確に記憶に残る体験で大きく2度あって、どちらも録音作品ではなくて、ライブ体験でした。(そういった記憶を振り返る時に、最近はライブに以前ほどあまり行かず、良い作品に出会うことで満足しがちになっちゃてるけど、コンサート体験はめちゃくちゃ価値のあることだと実感する。)

1つ目が2013年の11月にHostess Club WeekenderでNeutral Milk Hotelを観たとき。

Neutral Milk Hotelについて当時ツイートしたものはこの3つだけだったのですが、そのすべてに「インディロック」というタームが入っていることが、自分にとってのその体験の濃さを表しています。

 

もう1つが2014年5月にYo La Tengoのライブを観たとき。このときは前半がQuietサイド、後半がLoudサイドという贅沢な2部構成だったので、余計深く感じられるものがあったのかも。

 「素晴しい、本物のインディ・ロックと出会えた時、自分は心に一番近いところを人ではなく音楽で満たそうとする、孤独な心を持っているのだと知れる。もしかしたら、本当に良い音楽とは、自分が孤独であることを教えてくれる音楽なのかもしれない。」とまで綴っていて、けっこうこの時の体験で自分の中の“インディ・ロック”が明確になったのかなと思います。

とはいえ、何が「2010年代のインディ・ロックについての私見」で2010年代にNeutral Milk HotelYo La Tengoを観て“これこそインディ・ロックだと思った!”だよ!?という話だと思います。

なので、そういった経験と同じレベルで、最高級のインディ・ロックの実感を得られたアルバムということでは、昨年発表されたBon Iverの『22, A Million』を挙げたいと思います。

あれを前にしては“最近はインディ・ロックの存在感がなくなった。”なんて言葉、消え去るしかないです。

Dirty ProjectorsもFleet Foxesも、『22, A Million』の存在は意識してるはずなのに、あえてBon Iverの名前は出さなかったところに、彼らのジェラシー的なものを感じたのは私だけでしょうか。

そう、2010年代のインディ・ロックについて考えるときに、もっとも理想的というか、象徴的な存在として挙げられるのがBon Iverだと思います。

 

Fleet Foxesのフロントマンが今回の討論の中で、「2009年の『Bitte Orca』(by Dirty Projectors)、『Merriweather Post Pavilion』(by Animal Collective)、『Veckatimest』(by Grizzly Bear)がインディ・ロックに豊かさがあって、かつ進歩的に感じられた最後の瞬間だった気がする」という旨の発言をしていますが、その翌年の2010年に、各メディアの年べスで大暴れした突出した1枚がありました。Kanye Westの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』です。

その傑作に完全なるインディ・ロック畑からKanyeによって引っ張り出され、4曲にも参加したのがBon Iverだったことは、2010年代のインディ・ロックを語る上で外せないポイントかと思います。

その時点でBon Iverはアルバムとしては2007年に1作目の『For Emma, Forever Ago』を出しただけで、ブレイク作の2nd『Bon Iver, Bon Iver』はまだ発表されていない状態です。

翌2011年には、バカ売れしたDrakeの『Take Care』に、まだ2009年にアルバムデビューしたばかりのThe xxからJamie xxが参加し、Rihannaをフィーチャーしたタイトル曲のプロデュースを任されています。

こういったことが、2010年代のインディ・ロック・シーンに与えた影響はものすごく大きいと思います。

彼らの活躍を傍目にして、「インディ・ロックとして、またはインディ・ロックの精神を宿したポップやR&Bとして独自性のある作品を発表しつつも、同時にそれがメインストリームのアーティストに目に掛けられて彼らの作品でも能力を発揮する」そんなスタイルこそが、インディのミュージシャンの一番クールな在り方だいう考え方・感じ方が、アーティスト側はもとよりリスナーの方にも目立ってきたのが2010年代の大きな特徴かと思います。

基本的に「セル・アウト」という表現の方が逆に死後になった感のある、2010年代。

そして、メインストリームのアーティストも本当に目が早くなった。スターをやりながらも、熱心なインディ・リスナー級にさっと旬なインディ・クリエイターたちを見つけてきては、世間に発見させる。

なんでそんなにメインストリームのアーティストの目が早くなったか、というと、実は「旬だけどまだマニアにしか見つかっていないインディ・ミュージック」を2000年代よりも格段に探しやすく、またインディ・クリエイターたちの自己アピール能力(webの使い方、その他諸々)も皆総じて高い傾向を感じるのが、2010年代のインディ・シーンの印象。

 

かつては「コミュ力ないけど、ないからこそ音楽の表現力が高まり、その成果を駆使してインディ・ロッカーとして活躍する」というのが大雑把なインディ・ロックに対するイメージだったけど、2010年代は「活躍してるインディ・ロッカーはだいたいコミュ力高そうだし、そういうミュージシャンはもはや「インディ・ロック」ではなく、「インディ・ロックの精神を宿したポップやR&B」の探究に夢中」といったイメージがある。

かつてはインディ・ロック畑だった(つまりは普通のR&Bは出来ない人だからこその)ベッドルームR&BやインディR&Bといった音楽が、メインストリームの需要と親和性が極めて高かったために、いつしか普通のR&Bが出来る人もベッドルームR&Bのスタイルを採用し出したあたりからは、インディ・ポップやインディR&Bとメインストリームの相思相愛状態になって、その境界はかつてないほど曖昧になっていると思う。

スタイルとしては。

 

だから。まず先にスタイルには囚われず、その精神に忠実なリズムや音色を一から創造するのがインディ・ロックであるとするなら、たとえメインストリームとにゃんにゃんしちゃいがち(かつては一般大衆をドン引きさせながらも変わり者たちには熱狂される、崇高なるマスターベーションを得意とする人たちがインディだった印象だけど、今はホントにみなさん床上手なイメージ…)な似非インディ・ポップや似非インディR&Bが多くなった現在のシーンにおいてもなお、インディ・ロックの有効性や不変であり、いつだってそのシーンが豊かになってみせる可能性はあるのだと判断したい。

そして、きっとFleet FoxesやDirty Projectorsの人は「彼らの久しぶりの新作が、そういう機運をシーンに取り戻すきっかけになった。」と今年の12月とかそれ以降しばらく言われたくて、「あ・え・て」ここで「インディ・ロックに陰りが出た」ことを明確にしたがってるんだ、きっと。

そう思って期待して待ちます。今年出会えるFleet FoxesとDirty Projectorsの新作に。

 

以上